エッセイ

ヒグルマガイ

松本 幸雄

 私が貝類に興味を持つようになったのは、今から51年前に行った臨海実習からです。
 以来、宿浦、田曽浦の海岸を採集して85種類の貝類を得て、その後も志摩郡の御座、越賀(こしか)の海岸、そして伊勢市有滝町で採集しながら私のコレクションを増やしていきました。
 昭和26年5月には北牟婁郡紀伊長島町長島西小学校の樋口雄一氏の紹介で長島町中の島のテングサ干場が有望だと聞かされ出向くようになりました。
 紀伊長島町三浦小学校長、川口晋吾氏の厚意で宿直室への一泊を許されるようになり大潮の土曜日の午後から出かけて三浦浜での採集を済ませて一泊し、翌日は、海野、中の島テングサ干場へと採集を続けました。
 中の島テングサ干場での採集は4時間以上を費やしました。干場近くの漁師は私の練り強さに驚いていたくらいです。
 テングサ干場の貝類は292種を数えました。西小学校には樋口氏の他に中野恒夫氏も同好で退職後も貝類採集を続けられています。
 樋口氏は昭和30年4月から尾鷲市の宮の上小学校へ転勤され、トロール船での採集が始まりました。
 土曜日の午後、樋口氏宅へ一泊し午前2時、樋口氏とトロール船へ向かい午前4時半出発。午後7時尾鷲港へ戻るのでした。
 昭和32年10月、4回目のトロール船乗船採集で尾鷲市三木崎水深150mから水揚げされた漁労物の中から径1.8cmの淡褐色の巻き貝を見つけました。同乗の樋口氏も入手されました。
 帰港が午後7時ですから当日は樋口氏宅へ一泊し、翌日7時に魚市場へ出向き淡赤色の小型漁(普通食用にしないとのこと)が盛り上げられているのを掻き分 けていると、昨日、トロール船上で入手した円形の巻き貝の生貝を見つけました。嬉しかったです。早速、家へ帰ってから写真を撮りました。
 次の日曜日、京都大学理学部の動物学教室へ行き、黒田徳米氏に同定を乞いました。
 黒田氏は二個の巻き貝を見ると「松本さん、あなたは大した物を持ってきましたね。この貝は現在、日本で三個しか見つかっていないのです。1938年天皇 様が相模湾の城ヶ島沖水深80mで採集された二個の内一個は黒田に与えられたヒグルマガイです。陛下は太陽のようなお方ですから新種名をソラリスと名付け ました。この貝のもう1人の所有者は寺町昭文氏です。あなたは二個も持っているので日本一の幸運者と言って良いでしょう。」と言われたときの嬉しさは忘れ られません。
 樋口氏も一個持っていると告げると「それでは現在6個ですね。生貝の肉体だけ黒田の研究用に下さい。」と言われて差し上げました。
 帰宅後、東京の有名コレクターからヒグルマガイ一個を譲ってほしいとの来信があったのですが標本は二個が必要と断り現在も大事にしています。
 ヒグルマガイは、クルマガイ科の貝で日本には30種が知られ、この仲間は砂礫底のスナギンチャクに寄生しています。