昭和30年〜昭和39年
(1955年〜1964年)

近海魚プール
近海魚プール
出入口付近
出入口付近

開館当時は陸上に水量80tほどの魚類プールと海ガメ、イセエビ、マダコのオープン水槽があり、海岸に回廊を巡らせた「天然水族館」では、ペンギンやアシカなどが飼育され、マダイの群遊が人気を呼んだものでした。ガラス張りの水槽こそありませんでしたが、熊野灘の多彩な魚類と、その圧倒的なボリュームが観光客を満足させる大きな要素になり、ガイド嬢の活躍も素朴な施設を十分にカバーして大きな役割を果たしました。2年後には「回遊水槽」をもつ本格的な水族館施設が完成して、伊勢志摩観光の拠点となりました。[写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。]

開館当時
開館当時
海洋博物館
海洋博物館
円形水槽
円形水槽
海女の実演
海女水槽(絵葉書)
天然水族館
天然水族館
85本足のマダコ
85本足のマダコ
1958-60年頃
1958-60年頃
当時のマップ
当時のマップ
海女とイルカ
海女とイルカ
アクアランド
アクアランド
(パンフより)
1962-64年頃
1962-64年頃
空撮
空撮

1955年
(昭和30年)

5月15日

鳥羽水族館開館。
開館当初の施設として、天然水族館4面(570平方メートル)ではフンボルトペンギンやカリフォルニアアシカをはじめ大きなマダイやブリ、イシダイなどの群遊が眺められ、希望者は大物釣りを楽しむことができた。構内には、近海魚プール20トン(50種300点)とウミガメ池3トンがあり、海洋生物の標本を展示する海洋博物館が設けられていた。また、土産物売店と新鮮な海の幸の即席料理が食べられる休憩所があり、鮮魚問屋・丸幸商店をバックにユニークな水族展示とサービスがくりひろげられた。
専任職員5名で、ガイド付きの水族館として話題を呼び、次第に観光地鳥羽の新名所としての評価が高まっていった。当時入館料金 大人¥20・小人¥10

11月15日

岩崎岸壁との間に橋が完成、島巡り−真珠島−水族館の観光ルートの流れが定着する。

1956年

12月21日

(株)鳥羽水族館設立。
資本金1,500万円、職員20名。

1957年

4月15日

水族館本館完成。入口には世界初のドーナツ型円形水槽(20t)、壁面に1〜2トンの水槽44と中2階に置水槽32、24トンの海女水槽では、海女の実演をガラス越しに見ることができた。これまでの上から眺めるだけのプールと違い、本格的な水族館がスタートする。当時入館料金 大人¥40・小人¥20

 

8月1日

答志島で85本足のお化けタコが採集される。標本は一時、国立科学博物館でも特別展示される。

1958年

1月31日

博物館相当施設として文部省から指定を受ける。

 

4月1日

本館2階に食堂と団体休憩所が完成。 職員50名。

 

12月18日

飼育海水の循環濾過システムと飼育研究室を設置。

1959年

4月30日

自然の海面を利用したイルカ飼育施設「マリンランド」が完成。当時入館料 大人\50 中高生\40 小人\30

 

9月26日

伊勢湾台風のため10月3日まで閉館する。

1960年
(昭和35年)

3月19日

珍しい発光性のタコが入館。後日、広島大学の滝教授により、新種のシマダコと命名される。

 

6月19日

静岡県安良里よりバンドウイルカ4頭を搬入、海女さんとの共演開始。

 

7月21日
 〜29日

伊豆式根島海洋生物調査を実施。

 

8月20日

半地下式のトンネル型プール(アクアランド)が完成。式根島の魚類を飼育展示。

1961年

3月26日

ハナゴウンドウ3頭、伊豆・安良里より入館。

 

7月10日

第2次伊豆式根島海洋生物調査。

1962年

4月21日

3階建ての新館が落成。1F事務所・売店、2F海洋博物館・館長室・パーラー、3F和食堂、延895.74平方メートル。資本金を4,000万円に増資。

1963年

4月26日

カマイルカ2頭入館。

 

7月1日

奄美大島海洋生物調査。当時入館料 大人\60 小人\40

 

9月30日

伊勢湾のスナメリ2頭が入館し、鳥羽水族館におけるスナメリ研究の幕開けとなる。

1964年

7月4日

答志島総合調査。

 

10月12日

三重県海山町引本で56本足のマダコが採集され、標本展示。

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